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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2380号 判決

控訴人 渡辺三郎 外一名

被控訴人 若藤木材株式会社

理由

一、被控訴人は、控訴人等は、共同して昭和二十九年十一月十日金額二十一万円満期同年十二月十五日、振出地、支払地いずれも東京都新宿区、支払場所東京都新宿区戸塚町二ノ一七四番地三陽建設工務店株式会社と定めた約束手形一通を被控訴人に宛てて振り出したと主張し、これに対して控訴人等は原審においてこの事実を認めたことは記録上明かである。この自白について控訴人等は錯誤に出でかつ、真実に反するものであるから、右自白を取り消す、と主張し、右約束手形は控訴人山口能広が三陽建設工務店株式会社代表者として振り出したものであつて、控訴人山口が個人として振り出したものではない、また控訴人渡辺三郎は右約束手形を控訴人山口若しくは三陽建設工務店と共同で振り出したものではなく、右会社の顧問として右会社が右約束手形を遅滞なく支払をするよう監視する意味で連署したに過ぎないと主張するので、原審における控訴人等の自白が錯誤に出てかつ真実に反するや否を判断する。

(一)、まず控訴人山口能広について考える。

成立に争いのない甲第一号証(本件約束手形)の表面振出人欄には振出人として東京都新宿区戸塚町二ノ一七四番地三陽建設工務店株式会社取締役社長山口能広と記載してあることが認められる。従つて、他に特段の事実が認められない限り、控訴人山口能広は右会社の社長としての資格を以つて本件約束手形に署名したものと認むべきであるから、控訴人山口が被控訴人主張事実を認めると陳述したことは本件手形記載の上からみると、錯誤に基き、かつ、事実に反するものの如く考えられる。然しながら、この点について被控訴人は、前記の会社は未登記の会社で法律上存在しないのであるから、同控訴人は個人として右手形を振り出したものであつて、振出人としての責任があると主張するのである。

そこで前記三陽建設工務店株式会社は法律上存在した株式会社であるかどうかを考えてみる。

甲第二号証(登記簿抄本下附申請、第三者の作成にかかるものであり、その符箋は東京法務局新宿出張所の作成にかかるものであるから真正に成立したものと認める)によると、本件約束手形に記載された三陽建設工務店株式会社の肩書住所、東京都新宿区戸塚町二丁目一七四番地には昭和三十一年十月三日現在同会社は登記簿上見当らないことが認められるから、同会社は当時その肩書地には登記されたことはないものといわなければならない。ところで、非訟事件手続法第百三十九条によると、商法の規定によりて登記の申請をなす者の営業所所在地の法務局若くは地方法務局又はその支局若くは出張所が管轄登記所となることを規定している。そして、本件約束手形に記載された三陽建設の肩書には新宿区戸塚二丁目一七四番地とあるのであつて、三陽建設の営業所が初めから同所にあつたことは同控訴人の認めるところであるから、同会社の設立登記は新宿区の法務局出張所になされなければならないわけであつて、同出張所に登記がなされていない以上、当時同会社の存在は法律上これを認めることはできないといわなければならない。尤も成立に争いのない乙第二号証によると、本店を板橋区板橋町五丁目一〇四五番地とする株式会社山口建設工務店が設立されたが、昭和三十年五月十日山口能広がその代表取締役に就任し、ついで、同月十六日商号を三陽建設工務店株式会社と変更したことが認められるけれども、本件約束手形振出当時は未だ商号変更は登記されておらず、しかも右会社はその住所を管轄する登記所に登記されてもいなかつたのである。

従つて本件約束手形の振出当時においては、その振出人欄に記載された三陽建設工務店株式会社なるものは法律上存在しない会社であるから、控訴人山口能広がその取締役社長として振出人欄に署名してもその代表資格による記載は実は無意味であつて、結局は控訴人山口能広が個人として本件約束手形を振出したものと認めるのが相当である。

(二)、次に控訴人渡辺三郎について考える。

前記甲第一号証によると、本件約束手形の振出人欄に記載された控訴人渡辺三郎の氏名の肩書には前示三陽建設工務店株式会社の顧問と記載されているのであるが、このような肩書の記載あることを以て直ちに同控訴人主張の如き趣旨のものであつたことを認める根拠とすることのできないのは勿論である。この点に関する当審における本人尋問において控訴人等各本人は、控訴人等の主張に副うような供述をしているけれども、右各供述は当審における被控訴会社代表者清水[金圭]介尋問の結果に徴して措信し難く、前記被控訴会社代表者本人の供述によると、被控訴会社としては控訴人山口能広は未知の者であり、同人に対して材木を掛売するつもりはなかつたが、控訴人渡辺三郎が責任を負うというので本件の材木を売り渡したものであることが認められるから、同控訴人の主張は採用できない。

(三)、従つて控訴人等が原審においてなした自白は真実に反し且つ錯誤に基くものとは認められないから、控訴人等の右自白の取消はその効なく、依然として原審における自白は当審においてもその効力を有するものとする。そして右自白によると、控訴人等が共同して冒頭説示の本件約束手形を被控訴人に宛てて振り出したことは当事者間に争いのないところである。

二、次に控訴人等は本件約束手形はその支払の条件が成就していないと主張(事実摘示控訴人等主張の項参照)するのでこの点について考える。

当審における本人尋問において控訴人等はいずれもこれと同趣旨の供述をしているけれども、右各供述は当審における被控訴会社代表者清水[金圭]介尋問の結果に徴して措信し難く、他に控訴人等主張事実を明認するに足る証拠はない。却つて、右被控訴会社の代表者の供述によると、被控訴会社は昭和二十九年十月初旬頃控訴人渡辺の紹介により材木を控訴人山口能広に売り渡し同月十二日その引渡をなし代金は同月末に支払の約束であつたところ、期日になつてもその支払がないので、被控訴会社の再三の督促の結果、控訴人両名は同年十一月十日被控訴会社を訪ね約束手形を差し入れることを申し出たので、被控訴会社は一旦これを拒絶したのであるが、控訴人等の懇請により約束手形を受け取ることを承知し、期日は支払の確信のある日を記載するよう要求した結果同年十二月十五日を満期と定めた本件約束手形を控訴人両名が振り出したものであつて、控訴人等主張のように他から入金がなければ期日を延期するような約束はなかつたことが認められる。従つて控訴人等の主張は認容することはできない。

三、然らば、控訴人等は本件約束手形の共同振出人として各自手形金二十一万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明な昭和三十年三月十七日以降右完済に至るまで手形法所定の年六分の割合の損害金の支払をなすべき義務があるから、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第九十三条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浜田潔夫 仁井田秀穂 伊藤顕信)

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